2021年02月21日

大井川水の恵み  リニア中央新幹線

=特別寄稿=
 「大井川 水の恵み」
     — リニア中央新幹線の行方 —            佐 野 愛 子
 「越すに越されぬ大井川」
 と、昔からうたわれてきたが、今では大井川に架かる橋は数多くある。下流から、太平橋、富士見橋、はばたき橋、東名高速道路、蓬莱橋、谷口橋、島田大橋、国道一号線、バイパス、新東名高速、さらにJR東海道線や新幹線等々。私たち藤枝市民は川の流れというより、架かる「橋」を渡ることで大井川を意識することが多く、川の主役であるはずの「水」についてはあまり意識してこなかったのではないだろうか。
 水はあって当たり前。水道をひねれば出るもの。井戸を掘れば湧き出すし、市内の宅地周りを流れる用水路には一年中水が流れている。生きとし生けるものの命を養い、心を潤す水。その水がある日突然出なくなったら、干上がってしまったら、藤枝に住む私たちの暮らしの存続はあり得ない。
 「大井川」という全長168キロメートル、南アルプスを源流とする太古からある一級河川が、この地域の生命を育んでくれていることを今一度考えてみたい。
 リニアルートと南アルプス
 JR東海が、リニア中央新幹線のルートを発表したのは、2011年。静岡県の地図で一番上の先端にトンネル・ルートの線が引かれた。その距離8、9キロメートル。南アルプスの真下であり大井川の源流の真下でもある。
 「南アルプス」は国立公園はもちろんユネスコ・エコパークにも指定されている貴重な自然の宝庫である。
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 冬の晴れた日、藤枝の市街地からも雪をかぶった南アルプス連峰の頂を見ることができる。赤石岳、北岳、荒川岳、光岳。いくつか山の名前は知っているものの訪れた人は少ないかもしれない。「井川ダム」「畑薙ダム」の先の森林は、昔でいう「東海フォレスト」今は「十山」という会社が管理している。登山者で賑わう椹島ロッジ、山小屋でありながら本格的なフランス料理を味わうことができる二軒小屋。藤枝から少し足を伸ばした県内に、こんな3000メートル級の山々を目前に望むことができる場所があることに驚く。
 南アルプスは、高山植物やライチョウ、ヤマトイワナなどの生き物、シラビソなど固有の木々、など人が入らない高山ならではの生態系が築かれている。北アルプスの「上高地」は誰も知る観光地となっているが、南アルプスは手つかずの自然が残っている聖地であるといえる。
 南アルプスの三つの困難
 南アルプにはもう一つの顔がある。一つ目。南アルプスの下には、フォッサマグナの延長である畑薙山断層帯、中央構造線が通っている。
 その昔上映された、「黒部の太陽」という映画をご存知の方は多いと思う。「黒四ダム」建設のためにトンネルを掘る工事の物語であり、三船敏郎、石原裕次郎の二大スターが技術者を演じている。糸魚川 — 静岡構造線、フォッサマグナにかかる北アルプスの直下を掘り進めると「破砕帯」にぶつかり、洪水のような水が押し寄せて、多くの作業員が逃げまどい犠牲となるシーンは印象的だった。あれは50年も前のこと、今では技術も進歩したとはいえ、あのような突発湧水を完全に制御できるのだろうか。 
 リニア工事に伴う静岡県の要望で
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ある「工事中の湧水は全量静岡県側に戻す」ということは本当に可能なのだろうか。
 さらに二つ目。「畑薙断層帯」は非常に崩れやすくもろい地層であること。「赤石山脈」「赤崩れ」という名前のように赤みを帯びた岩土が多くの場所で崩れて河床に積み重なっている。昨年の台風19号では沢から多くの土砂が押し出されて林道がいたるところで切断された。これでは、仮に本格的工事がスタートしたとしても順調に進むとは考えられない。多くの大型工事車両が通る道路の造成も簡単ではない。異常気象で記録的な大雨に見舞われる昨今では、作業員の安全が守られるかは大きな課題であると思う。
 そして三つ目。東海地震の原因であるといわれている「フィリピン海沖プレート」の沈み込み隆起の力は、南アルプスにも関係している、ある土木工学者は「赤石山脈の隆起は、最近100年間において、年間4ミリメートルと世界的に最速レベルを示しており、強い地殻変動の場にあたる。」と警告を示している。トンネルを掘っても毎年少しずつずれて、10年で4センチメートル、30年では10センチもずれることになる。大丈夫だろうか。南海トラフ地震が起これば一番被害が大きくなる場所である。
 とにかく、南アルプスは複雑な地形であり、神々しいばかりの自然が立ちはだかる場所である。簡単に人間の手が付けられる所ではないと感じさせられる。
 中下流域の水
 大井川の水は10市町、62万人の生活を支えている。エコパスタジアムから高草山までと考えるとわかりやすい。藤枝市の上水道は大井川広域水道企業団から一部の水を引いている。農業用水である大井川用水は青島、高洲、大洲、西益津、広幡地区の田畑をくまなく潤している。左岸である志太地区側での恩恵はもちろんであるが、右岸の牧之原、小笠地区は、大きな川がなくため池に頼るなど昔から水に苦労した地域だった。今では、長島ダムから島田の川口取水口まで引かれた水が、志太、榛原、小笠まで行き渡って農産物が育っている。牧之原の茶園を含めその面積は12000haという広大な規模である。
 また、食品や製薬、化学などの多くの工場は自前
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で井戸を掘り、豊富に湧き出る水を無料で製品やボイラーなどに使用している。その数約1000本の井戸である。品質の良い水があることは工場の立地条件としても大きなウエイトを占めているのだ。もちろん、大井川、吉田で栄えた養鰻業しかり、志太の自慢である酒蔵もおいしい水があるからこそだ。
 JRの金子社長が県庁を訪れ、リニア工事着手について川勝知事と対談した際、知事は「磯自慢」の最高級品をお土産にお渡しした。もちろん「大井川の水の恵み」の産物であることを強調して。さらに国交省の藤田事務次官との会談では、牧之原市産の煎茶と朝比奈の前島東平さんの玉露をお出しした。事務次官の味覚には、静岡のお茶の甘さと渋さが知事の言葉とともに残っていることだろう。
 もうひとつ、「森は海の恋人」と言われるように、大井川の恵みがサクラエビやシラスなど駿河湾の恵みとつながっている。大井川から流れ込む水のミネラルが駿河湾を育てているのだ。
 水には川面に見える表流水と、見えない部分の伏流水、地下水がある。大井川は昔から「水返せ運動」が起こったほど表流水が限られた川だった。今でも渇水期には取水制限が出ている。しかし、地下水は表立って見えることはない。リニアのトンネルを掘ることでどんな影響が出るのか一番気にかかる。
 国交省有識者会議
 「工事で出る水は全量戻す」という約束はあっても、それはあくまで表流水のこと。地下水はどうなるのか。
 そのような、中下流域住民が一番知りたい資料は全く提示されず、「トンネル掘削の工法」や「工事から出た水の浄化方法」などゼネコンが業者に説明するような専門的なものばかりに議論を費やしていた。「中下流域への影響」という資料がようやく出てきたのは、2020
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年8月に開催された第4回有識者会議であった。「大柳」「住吉」「五平」「一色」「大洲」など私たちが知っている地名が出てきて、下流域20地点ほどで地下水位の調査のグラフなどが示されている。しかしながら審議会の中で、中下流域の地下水についてあまり意見を交わされることはなかった。それなのに有識者会議終了後、信じられない座長からのまとめのコメントが出た。「中下流域派の地下水への影響は概括的に問題ない。」「中下流域の河川流量は、上流のダムによってコントロールされているため渇水期でも地下水の水位は変化しない。」
 一番大事な部分がその程度で結論を出していいのか、これまでリニアに関する莫大な審議時間のうち、たった数分の結論で納得しろというのか、これには驚きと憤慨が沸き立った。
 そもそも、この有識者会議の委員の選定から疑問だった。静岡県は「委員の公募制」を主張し県から推薦した人物もいたが、採用されなかった。それどころか、委員の中にはリニア工事を請けおう工事会社の監査役をしている学者がいて、さすがにその方にはお引き取りして頂いた。会議内容も全面公開はしていない。まさに、進める側に都合がいいお膳立てをしているということが見え見えである。
 「納得できる説明」や「水は大丈夫という安心」を限りなく求めたい流域住民である。水に替えられるものは水しかない。お金をもらっても土地をもらっても水には替えられない。
 いわゆる「静岡問題」
 そもそもリニア中央新幹線は計画当時から静岡県を通るルートは想定しておらず、諏訪、岡谷を回るルートが有力だった。静岡県の南アルプスを通る最短距離に決定したことは、県にとっては「寝耳に水」という状況であり、何のメリットも無い話である。
 これまでJRが行ってきた全国に伸ばしている新幹線工事は、国策であり地域発展のために誘致を受けての工事であった。住民に反対する余地もなく、JR側も丁寧な住民合意を取る必要もなく進めることができていた。今回のリニアは「静岡問題」と名付けられて全国的には静岡県が工事を止めているよ
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うに映っているが、住民にとってリスクを避けて工事を進める説明を求めることは、しごく当然なことであると思うのだが。
 東海道新幹線の「空港新駅」や「のぞみの静岡停車」などの代替え提案は全く次元の違う話であり、「水」の代償にはならない。
 リニアの今後
 リニアについての審議がなされている渦中、新型コロナウイルスが流行して国民の生活様式や価値観が大きく変わった。
 東京など大都市への一極集中から地方へ、効率とスピードを重視する経済至上主義から、ゆとり、環境を大切にする社会へとシフトしている。ITの進化により人が移動しなくてもリモートで会議ができることが実証されてしまった。ワーケーションなど居場所は関係なく仕事ができることも当たり前になった。東京から名古屋まで40分で移動できることにそんなに価値があるのか、誰もが疑問を抱く。
 経営的にみても、名古屋までの工事費は5兆5235億円とされている。これまでドル箱であった東海道新幹線も、新型コロナウイルスの中では乗車率は下がり大きな収入減となっている。リニア新幹線そのものも採算がとれるとは思えない。
 「コンコルド効果」という言葉がある。英仏の共同開発で進められた超高波旅客機コンコルドは、赤字になると見込まれていたのにもかかわらず、後戻りできなくて開発を進め、倒産したことをもじっている。リニア中央新幹線と被ってしまうと思うのは私だけではないだろう。
 地球温暖化などの環境対策、エネルギー対策など現在から未来へ続く視点での課題は多い。静岡県、そしてこの藤枝市を中心にした志太榛原地域が未来永劫豊かに暮らしていくことができる地域であるように、リニア中央新幹線の決着を誤ることなく慎重に進めていかなければならないと考えている。市民の皆様はどのように受け止めているのだろう。
  



Posted by 佐野 愛子 at 17:17│Comments(0)
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